こんにちは。サイちゃんです。
ルールは、守れない人がいるから、厳罰化されていくものです。
特にルール化しなくても大丈夫であれば、ルール化はされません。
俗に言う偏差値の低い高校と、高い高校を比べると、校則の質が全く違います。
例えば、今治界隈で言うと、西高は、学校カバンに指定がありません。
好きにして良いということ。
他にも、かなり校則が緩く、自由にできるのが西高。
一方で・・・はちょっと止めときます。
なんでこんなことが起こるかと言うと、それは簡単で、モラルの問題。
例えば、学校の靴下の話一つとっても、何も言わなくても、ルール化しなくても、皆が自主的に白い靴下を履いてくれば、ルール化する必要はありません。
誰も履いてこなければ、くるぶしソックスはダメなんて言う必要もないし、ルール化する必要もありません。
日常的に誰も履いていない中で、誰かが履いてきたとしても、
「ちょっと、それは良くないよね」と先生に言われ、
「わかってはいるんですが、ちょっと、洗濯が・・・」と答えれば、
「そうか、明日は普通の履いてくるんだよ」と言われて終わるだけの話です。
でも、それを見て、真似をする人がいたり、言われても履いてくる人がいれば、ルール化されていくんですね。
偏差値の高い子は、こうなるとどうなるとか、こうすればこうなるとか、そういった未来予想図を描くことができるます。
そのため、ルールを厳格化しなくても、自分で判断できて、良いこと、悪いことの区別ができます。
あるいは、未来が分かっているのだから、自分の未来に対して、自分で責任をおえると、思ってもらっているということです。
ですから、偏差値の高い学校では、ゆるゆるとなるわけです。
よく「こんなルールがある」「こんなことを言われた」と言う塾生に対して、塾長は、「よっぽど、君たちは学校の先生に信用されていないんだね」と言っています。
信用されていたら、そんなルールはいらないし、そんなことを言う必要もないということです。
ルールなんてそんなもんで、ブラック校則というのは、過去の先輩たちの賜物でしかありません。
何か困ったことがあったときは、先輩を恨んで、諦めてくだサイ。
とまではいかなくても、そういうことなんだと思って、対処してくだサイ。