こんにちは。サイちゃんです。
まだまだ夏日が続いていますが、9月も今日で終わり。
昔なら、夏服は今日で終わりで、明日からは、冬服。
今は、移行期間があるので、明日から突然冬服ということはないけれど、とは言っても、衣替えの季節です。
小6生や中3生は、衣替えをしたら、夏の制服は着納めです。
しっかり、感謝して、しっかりお別れをしてくだサイ。
こんにちは。サイちゃんです。
まだまだ夏日が続いていますが、9月も今日で終わり。
昔なら、夏服は今日で終わりで、明日からは、冬服。
今は、移行期間があるので、明日から突然冬服ということはないけれど、とは言っても、衣替えの季節です。
小6生や中3生は、衣替えをしたら、夏の制服は着納めです。
しっかり、感謝して、しっかりお別れをしてくだサイ。
こんにちは。サイちゃんです。
自信が出てくると、雰囲気が変わってきます。
性格が変わると、表現することも出来るかも。
で、この自信、どうやってつけるかと言うと、小中高生の場合は、勉強ができるようになるというのが、手っ取り早いです。
他にも、部活で、入賞するとかもアリです。
塾なので、勉強の話にフォーカスすると、小中高生の生活の中心は、良くも悪くも学校です。
そして、学校の生活の大部分は、勉強です。
その大部分の時間で、自信が持てるようになると、自信を持って過ごせる時間が増えます。
そして、先生や友達に認められます。
そうなってくると、自分という人間に自信が出てきます。
ね、勉強ができるって、良いことだらけ。
頑張って勉強できるようになってくだサイ。
こんにちは。サイちゃんです。
勉強は丁寧にしてくだサイ。
例えば、数学の計算問題。
1つ1つ丁寧に、途中式を書きます。
慣れてくると、途中式を省略できるようになりますが、習いたての最初は、ビックリするくらい丁寧に書きましょう。
それを、初心者のくせに、上級者のように省略してしまうと、ミスが連発し、間違いだらなんてことに。
できない子の特徴は、こういうところであることが多いです。
まぁ、丁寧にやらないということは、めんどくさがりの場合が多いです。めんどくさいから、練習しない、練習しないから出来るようにならない。というパターンになってしまうだけの場合も多いです。
なので、とにかく、めんどくさがらずに、きちんと取り組むことが大切です。
こんにちは。サイちゃんです。
何で勉強しなければいけないの?こんなの勉強して、何かの役に立つの?
なんて、お約束の質問。
塾長は、死なないため、長生きするため、損をしないため、なんて、答えます。
詳しくは、こちらから。
でも、最近強く思うのは、勉強の仕方を勉強するためなのではないかということ。
今回、目にとまった記事はこれ。
慶應商学部卒で学習塾に就職した男性の悲哀
卒業したときは30歳、商社は「全滅」だった
現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは「学習塾で教室長をしています。休みは日曜日のみです。出身大学は有名私立商学部なのですが学習塾でしか職がありません」と編集部にメールをくれた、41歳の男性だ。
https://toyokeizai.net/articles/-/303394
貧困に関する問題点を扱う記事は多いです。
そのなかで、「自業自得」という言葉がよく使われ、それを否定しています。
自業自得と言う表現があっているのかはわかりませんが、でも、それを否定しても良いのでしょうか?
記事の中でも、「誰も教えてくれなかった」と書いてあります。
でも、それは違います。
常に疑って、自分でアンテナを張り巡らせ、情報を収集する、これも立派なスキルです。
そして、この手の問題は、中学校の社会の教科書にたくさんのヒントが書かれています。
このヒントをもとに、自分で、勉強するべきことです。
このスキルを身につけることが出来なかったため、損をしているのです。
つまり、「自分で勉強するスキルを身につける」これが、勉強するということだと思います。
この訓練と、ヒントとなる知識を得るために、小中学校の勉強があるのだと思います。
将来、健康で文化的な最低限度の生活を営むために、必要不可欠なヒントを学ぶこと。そして、スキルを身につけること。これが、勉強です。
当然、今勉強していることは、直接、将来役に立つことは少ないです。
でも、それで良いんです。問題はスキルを身につけることなので。
しっかり、勉強してくだサイ。
こんにちは。サイちゃんです。
「今年は、秋がない」と3年生。
ちょっと意味が分からないけれど、真意は、夏が終わって、秋をはさまずに冬が来たと言いたいみたい。
たしかに、近年、秋と春の期間が減ってきているそうです。
その日の最高気温が25℃以上の日を夏日、つまり夏、その日の最低気温が0℃度未満の日を冬日、つまり冬、その両方でないものを春秋としてカウントすると、明らかに、春秋の日数が減ってきているんだとか。
だから、秋が無いと感じるのは、普通の話なんだけれど、今年の場合は、まだ、連日最高気温が25℃を超えているので、夏を継続中です。秋が無かったと言うには、まだ早いかな?
といっても、あたりは、すっかり秋めいてきています。
秋は何をするにしても、良い季節。
勉強に、部活にしっかり取り組んでくだサイ
こんにちは。サイちゃんです。
ウチの塾は、質問すると、質問が返ってきます。
「先生、わかりません」と言うと、「どこが?」とか、「どこまでやった?」とか。
途中まで計算したものを消してから質問する人がいますが、これをすると大変。
もう1度、計算を再現させられます。
これは、慣れるまではちょっと大変。
でも、自分がどこまでできて、どこから判らないのか。どこでつまずくのか、どういうことがわからないのかetc・・・
こういった、自分を理解するということは、非常に大事です。
繰り返していると、自分で、質問の要点が整理できるようになり、質問しなくても、自己解決できるようになります。
自分をさらけ出すようで、ちょっと恥ずかしいかもしれないけれど、その殻を破れば1つ成長できます。
一緒に、自分のことを見つめ直してくだサイ。
勉強以外のところでも、きっと役に立つよ。
こんにちは。サイちゃんです。
昨日は、好天に恵まれて?運動会も終わったのかな?と思っていたら、
風が強いからとか、運動場が乾かなかったからとか、そんな理由で延期をした小学校もあったみたい。
なかなか運動会が終わらないと、落ち着かないよね。
それに、なんとか連休中に終わらせたいところ。
さすがに、火曜日まで休みを取っている保護者の方も少ないだろうし。
いつも思うのだけど、無理に日曜日にやらなくても、今のご時世、土曜日に予定して、延期になっても日曜日には終わるようにするれば良いのに。
今日はさすがにできたかな?
運動会、しっかり楽しんでくだサイ。
こんにちは。サイちゃんです。
昨日の愛媛新聞の1面は、歴史教科書問題でした。
歴史教科書採択、薄まる現場の声 県・4市町が育鵬社版継続
戦争に関する記述で議論がある育鵬社(東京)の中学校歴史教科書を愛媛県内の教育委員会が初めて採択してから8年。今夏の採択では前回の2015年度と同様、県に加え松山市や新居浜市など4市町が同社版に決定し……
https://www.ehime-np.co.jp/article/news201909220040?utm_source=online_daily&utm_medium=referral&utm_campaign=ranking
全市町村の採択が決まったのか、ときどき出ていた教科書問題の記事が、ついに1面に来ました。
わざわざ波風を立てるような教科書を採択するのもどうかと思うけれど、国の検定に合格した教科書なので、特に大きな問題はないはずと塾長。
毎年、教科書展示を行って、教員がそれを手に取って確認し、翌年の教科書の採択に関する希望を出します。ただ、記事にあるようにその調査が反映されているのかは、定かではありません。
古い話なうえ、本当かどうかわかりませんが、某S市で、希望調査の結果と違う教科書が採択され、「どうも、見えない力がはたらいたらしい」と言う話を聞いたことがあります。
また、今年のような、教科書が変わらない年の採択に関しては、教員用の教科書や指導書、デジタル教科書などの補助教材等を買い直さないといけないので、予算的に現実的ではありません。
それに、市町村ごとに採択の裁量があるのだけれど、愛媛県のようなほとんど生徒が県立高校に進学するような場合、市町村色を出すのも、どうかと・・・(詳しくはこちら)
そして、記事には、「今は、与えられたものをつかって教えるという風潮が・・・」とも書いていますが、独自に好きなことをやると、すぐにニュースになります。
上手くいけば、良いのかもしれませんが、失敗したときのリスクが大きすぎます。
出る杭は打たれるという風潮がある以上、こんな批判は無意味です。
そして、そんな風潮にしているのは、マスコミであるということも忘れてはいけません。
皆さんも、考えてみてくだサイ。
こんにちは。サイちゃんです。
あいにくの天気が続いていますが、明日は、秋分です。
秋分の日と言えば、おはぎを食べて、墓参りをする日です。
嘘です。
でも、ちょっと違いますが、そんな日です。
秋分については、こちらのコラムから。
今日は、秋分の日だから・・・・と、行動を起こすことが、季節感を肌で感じ、そして、それを吸収することにつながります。
こんな何気ないイベントも、しっかりこなすことが、勉強できる子になるエッセンスです。
今年の秋分も、是非、意識して過ごしてくだサイ。
こんにちは。サイちゃんです。
今日は、こんな記事を見つけました。
なぜ「中の中の子」の人生はパッとしないのか
成績優秀者ではないが、劣等生でもない。そんな「中くらいの子」は学校で放っておかれやすい。教育アドバイザーの鳥居りんこさんは「『中の中の子』は存在感が希薄で、意見も求められない。そのため、決められず動けない大人になる恐れがある」という――。
https://president.jp/articles/-/30026
成績が中の中の子は、学校で、空気になると言う話です。
「中の中」ということは、俗に言う「普通」ということです。
それが良いのか悪いのか、と言う話になると、「個性」となるのですが、
良い意味でも、悪い意味でも目立つということは、実は重要です。
目立つ、つまり印象に残るというのは、次に会ったときに思い出してもらえるということ。
良くも悪くも、覚えてもらっていれば、それが、ビジネスチャンスにつながります。
それを念頭に、「普通」を考えてみるきっかけになるのではないでしょうか?
塾長が言うには、年々、変な人(良い意味でも悪い意味でも)が増えている印象だそう。
教員を始めた時よりも、辞めるときの方が、変な人が多かったそうです。
塾を始めても、年々、どんどんバージョンアップした変な人たちに出会います。
そういう意味では、印象に残りやすい人たちが増えているということになるのだけれど、
それで良いのかは、よくわかりません。
記事には、
学業も友人関係もとりたてて問題がないので、教師は彼らを放置する。可もなく不可もなくという存在は、結果的に期待も憂慮もされない、学費を払うだけの存在とみなされてしまうケースが少なくないのだ。
とあります。
放置と言うのはちょっと違うと思うけれど、取り立てて問題がないため、フォローをする必要がありません。フォローする必要が無いとなると、必然的にコミニケーションが減ります。
そして、関わらなくても良いので、比較的、楽な生徒となってしまいます。
だからこそ、自分から、関わってくことも大事なのかな?
興味深い記事なので、参考にしてくだサイ。