こんにちは。サイちゃんです。
緩んできたとはいえ、学歴社会の日本。
今日ご紹介するのは、この記事です。
学歴の有無で人生の幸福度は決まらないと思いますが、学歴の差がないというのはきれいごとかと思います。
まず、チャンスの数が違います。特に20代のように社会に出て間もない頃は、その人が優秀かどうかをある程度担保するものとして学歴が用いられます。
その先で成果を残せるかどうかは別ですが、チャンスそのものがかなり貴重ですから、その価値は大きいと思います。
「高学歴で世に出た人」と「低学歴で世に出た人」。人生で決して埋まることのない見えざる差
要は、実力に見合ったチャンスが欲しければ、学歴は有利であるということ。
しかし、そのチャンスをものにできるかは、実力次第ということです。
学歴は、才能と努力の合計で決まります。
両方がある人が高学歴と呼ばれる大学に進学するのだろうし、両方ともない人がFランと呼ばれる大学に進学することになる場合が多いのではないでしょうか?
才能に対して、たくさん努力すればランクの高い大学に進学できるだろうし、才能のわりに努力しなければランクの低い大学に進学することになるでしょう。
なので、学歴とは、この2つの合計がどのくらいなのかをある程度保証することができる物差しであることは間違いないです。
ただ、この2つのバランスは、学歴では判断が難しいです。
努力型の人材が欲しくて〇〇大学の学生さんを採用したけど、実は才能型の人だったり、あるいは、その逆だったり。これは、〇〇大学だからでは判断できなくて、〇〇大学は努力と才能合わせて〇点という感じなのではないでしょうか。
この努力と才能のバランスの判断が難しいことを逆手にとって、学歴なんか関係ないと言っている人がいるという構図だと感じます。
話は戻りますが、才能はある程度持って生まれたものかもしれないけれど、努力は自分が頑張れるかどうか。
その頑張りも学歴は表していると言えます。
だから、頑張ったことを証明してくれる学歴は、その人を知るために、重要な材料として機能することになります。
なので、しっかり努力して、実力以上の力が発揮できるようになってくだサイ。


