カテゴリー別アーカイブ: 日常

いい陽気

こんにちは。サイちゃんです。

昨日、今日といい天気でした。
ポカポカ陽気で、暑いくらいでした。
街を見渡せば、Tシャツの人もたくさんいました。

それもそのはず、夏日のところが多かったそうです。

日が落ちて、雨が降ったのはご愛敬。

桜もチラホラ咲いてます。春ですね。
花粉も気になりますが、春を楽しんでくだサイ。

教育格差

こんにちは。サイちゃんです。

ネットニュースを見ていると、教育格差、経済格差に関する記事がありました。

教育格差が生まれる原因は、親の年収が高いとその子どもは美術館や博物館の鑑賞、塾や習い事など、質の高い教育機会が与えられやすく、それらが学力の向上に結びつくからだと言われています。
「教育格差」より深刻!? 10年後に起こり得る「子どもの経済格差問題」とは?

内容としては、前半が教育格差の話、後半が10年後に起こるかもしれない子どもたちの経済格差の話。

そんな「たられば」の話をしてもしょうがないので、教育格差に関する話を考えてみます。

日本において、教育格差は、生まれないはずなんです。
経済的に問題があったとしても、奨学金、特待生制度が充実しているので、少々、将来に禍根を残すかもしれませんが、高等教育を受ける権利は保証されています。
それなのに、なぜ、問題として取り出さされるのか・・・

それは、学校の力が弱くなったからだと考えるのが妥当だと塾長は言います。

と言うのも、教育を学校主導で行うことができれば、チャンスは平等とはいかなくても、平等に近い状態で訪れるはずです。
しかし、教育が学校主導で行われていないから、そこに差が生まれてくると考えられます。

近年、すごく感じるのは、勉強しなくても良いんじゃない?的な空気。
学校が力を持っていないから、保護者の考え方がそのまま子ども達の行動に出ている気がします。

保護者が、勉強しなくても良いんじゃない?となれば、まぁ、子どもたちはしないですよ。
データを見る限り、もはや成績は底なし沼状態です。

正直、塾として何をすればいいのか、何ができるのか、まったくわからない状態です。

色んな考え方がありますが、とりあえず勉強してくだサイ。

最後

こんにちは。サイちゃんです。

気が付けば、本格的に年度末。
今日が最後の平日です。
あっという間です。ほんと。

最後の平日と言うことで、3年生が、今日で最後だからと帰っていきました。
この3年生は、長い子が多かったから寂しいね。

また、いつでも、顔を見せてくだサイ。

雨ばかり

こんにちは。サイちゃんです。

昨日は晴れてたけど、今日もまた雨が降ってます・・・

ずっと雨が降ってます。
こう雨ばかりだと、気が滅入りそうです・・・

幸い、今の雨が止んだら、しばらく、雨は大丈夫そうですけど、
週の後半の予報は、降水確率50%で信頼度Cでした。
つまり、雨降るか降らないか分からないってことだね。

カミナリさま、ちょっと落ち着いてくだサイ。

ルールはルール

こんにちは。サイちゃんです。

また、興味深い記事を見つけました。

昨年長男の担任と揉めてしまったそう。その原因となったのが、筆算に定規を使うか否か。学校では使うようにルールづけられているそうだが、未来さんにはその有用性があまり感じられない。個人面談で先生にその真意を問おうとすると「ルールが守れていないと成績がつけられない」と断罪されてしまって…。
「答えは合ってるのに、定規を使わないから減点…だと!」学校の謎ルールに疑問を呈したら、先生ブチギレ!いま学校で起きている「信じられない事態」

まぁ、ルールはルールだよ。
もちろん、理由は大事だけど、理由のないルールもあるだろうし、だれも理由を知らないルールもあるでしょうよ。
採点基準を明確にさえしておけば、採点者が自由に採点基準を決めても良いと思うけどな。

例えば、車は左側、歩行者は左側。
これは、ルールだけど、理由を明確に答えられる人がいるのかな?
たぶんいない。
「危ないから」と言われそうだけど、だったら、「何で車は右側で、歩行者が左側だといけないの?アメリカはそうなってるでしょ?」となる。
もちろん、調べればそうなったきっかけや理由は見つかると思うけど、誰も気にしてないし、誰も答えられない。

だからと言って、「じゃぁ、理由がないなら、ボクは車で右側を走行するよ」とはならないし、やったらダメです。

もちろん、学校の先生の対応にも問題はあるのだけれど、この記事は、終始違和感しかない・・・
学校の先生が答えられないのであれば、保護者がフォローすればいいだけの話です。

ルールはルールで、理由はなくても、守らないといけない。
学問、特に算数・数学には、そういうルールがたくさんあります。

「何で?」って、昔からそうなってるからとしか言いようがないものばかりです。
たとえ理不尽でも、守らないといけないルールなんですね。
守るかどうか、自分で決めるってものではないはずです。

ルールはルールです。守ってくだサイ。

卒塾生

こんにちは。サイちゃんです。

今日、突然、卒塾生がやってきました。
ちょうど、この春高校を卒業した3人。
卒業の挨拶に来てくれたそう。

楽しく高校生活を送って、次の道に進んでいくそうです。

カッコいい車に、カッコいいバイク。
良いなぁ。新生活を楽しんでくだサイ!
また、顔見せてね!

鶏口牛後3

こんにちは。サイちゃんです。

ランクを下げるべきか、無理するべきか、さらに、深堀してみたいと思います。

結局のところは、与えられた、あるいは勝ち取った環境で、自分がどう行動するか?でしかありません。

ランクを下げて、進学したからと言って、最後までトップでいられるかと言うと、それは本人の努力次第。
トップを維持するのは、なかなか大変です。
逆に、無理してビリで入学したからと言って、最後までビリのままで卒業するかと言うと、それも本人の取り組み方次第。
普通に取り組めば、普通の人なら真ん中くらいまでは上がります。

結局、進学した後に、どう過ごすかなんです。
だからこそ、本気で行きたいと努力した学校に進学するのが良いと思います。
行きたいと、努力したからこそ、何があってもその学校で頑張れるんです。

たとえ、受験に失敗したとしても、全力で取り組んだ結果だとしたら、たとえ滑り止めの学校になってしまったとしても、頑張れると思います。

だから、受験は、頑張ったことに意味があるんじゃないのかな?と思います。

さぁ、次は、あなたの番です。頑張ってくだサイ。
S-Labは、頑張る受験生を応援します!

成功の三原則

こんにちは。サイちゃんです。

面白い記事を見つけました。

TV番組でのカンニング竹山氏の「古文が人生に一度も役立ったことがない」という発言が、SNSで物議をかもした。「古文が必要か否か」という議論は、今に始まったことではない。予備校で古文のカリスマ講師として30年以上にわたり活躍をつづけた吉野敬介さんは「古文を勉強する意味があるのかと生徒に聞かれたときに返していたフレーズがある」という――。
わが子に「なぜ古文を勉強しないといけないのか」と問われた時の頭のいい親の”返答フレーズ”3パターン

このオジサン、どこかで見たことある気がするので、有名な人なんだと思います。

こういう、なぜ勉強するのか?的な議論は、よくやってます。
塾長のコラムでも取り上げられてます。

日本の伝統文化を学ぶという意味で、古文は重要と言うのは有名な話。
そして、古文の勉強をする必要があるかと言う人は、代わりの勉強を提示したところで、どうせやらないというのも、まぁ、そういう人が多いでしょう。
勉強したくなければ、受験で使わない学校を受験しろというのも、ありです。

でも、こんな話は当たり前の話で、頭のいい親の返答フレーズなんてものではないです。
頭の良い親は、もっと気の利いたことを言いますよ。

で、この記事の面白いのは、こんな当たり前の話ではなく、成功の三原則のところ。
成功の三原則とは「機敏さ」「行動力」「社交性」とのこと。

なるほど。
これも、当たり前の話なんだけれど、なかなか、言葉としてまとめるのは難しい。
上手くまとめてくれてるなという感じ。

できる子は、自分で調べるし、それでもわからなければ、きちんと質問してくる。

そうなんです。これは、ウチの塾の教育方針そのものです。
ウチの塾の目標は、このような人物を育てること。
今まで、漠然としてハッキリしなかったのですが、そういうことです。

だから、成績が伸びるんですね。そして、行きたい高校に無事合格する。

気になった方は、お気軽にお問い合わせくだサイ。

鶏口牛後2

こんにちは。サイちゃんです。

無理をして、ワンランク高い高校に行くべきか、無理のない高校を選ぶべきか・・・
昨日は、勉強面で考えてみましたが、今回は、出会いを主に考えてみましょう。

学校です。もちろん、勉強しに行く場所ではありますが、それだけではないのが学校です。
どんなメンバーで3年間を過ごすのかというのも大事。

高校は、良くも悪くも、同じくらいの学力の子が集まる場所。
俗にいう偏差値が高い子、低い子には、それなりの共通点があります。

自分が、自分よりも偏差値が高い子と付き合いたければ、無理をしてワンランク高い学校に行くべきだし、
自分よりも低い人と付き合いたければ、ランクを下げて受験すべきです。

これは、中学校で仲良くなった友達が、どういう子が多いかで、なんとなくわかると思います。

偏差値が近ければ、気が合うことが多いです。

しかし、ときどき、偏差値が高い子のような考え方を持っているのに勉強ができない、
逆に、勉強はできるけど、偏差値が低い子たちの方が気が合うという子がいます。

そういう人は、気にしておかないと、進学先で浮いた存在になるかもしれません。
だから、中学校で勉強しておかないといけないんです。
点が取れれば、どこの高校にも行けますが、低いと選択肢が減ってしまいます。
だから、偏差値が高い子と気が合って、低い子と気が合わない、点が取れない子は、地獄の3年間になるかもです。
でも、あるんですよ、そういうの。

次に、偏差値が高い高校の方が、総じて、校則が緩く、学校行事が楽しい場合が多いです。
頭良いので、自分たちで考えて、判断できるので、学校が出る幕がありません。
自分たちで行動でき、好きにできるので楽しいです。

一方、偏差値が低い学校では、学校がしっかり管理しておかないと、何が起こるか分かりません。
良からぬことが起こらないように、学校の干渉が大きくなります。
当然、好きにはできないです。

どんな学校で、どんな人と出会うのか。進学よりも、そっちの方が大切なような気がします。

しかし、いずれにしても、自分が行きたい高校に行くのが大切です。
自分が選んだ道であれば、何が起こっても頑張れます。
どんな困難な道だとしても、自分が選んだので諦めがつきます。

自分の気持ちや、交友関係を改めて見返して、じっくり考えて結論をだしてくだサイ。

鶏口牛後

こんにちは。サイちゃんです。

牛のお尻と鶏の頭だったら、どっちが良いか?という話。
故事成語では、鶏の頭を推しているのですが、まぁ、これは、指向性の問題です。

実は、受験に大きく関係してくる話です。
つまり、無理して1ランク上の学校に進学するのか、ランクを落として余裕のある学校に進学するのかです。
1ランク上の学校、つまり、牛に入り、ビリで3年間過ごすのか、
ランクを落として。つまり、鶏に入り、トップを維持するのか。

どっちが良いのかと言う話。

これは、本人次第です。
ランクを下げたとはいえ、トップで3年間過ごせれば、大学に推薦してもらえるだろうし、評定も高いので有利になる場合もあります。

そうはいっても学歴社会です。地元に残るなら、出身大学よりも、出身高校で判断されることも少なくありません。
少しでもランクの高い高校を卒業しておいた方が、将来気持ちよく過ごせるかもしれません。

どこに、価値観を置くかです。
進路の参考にしてくだサイ。