カテゴリー別アーカイブ: 日常

未来への絶望?

こんにちは。サイちゃんです。

昨日に引き続き、気になった点2つ目。

周囲の大人たちに結構「がっかり」してきた今の若者は、あらゆることにあまり高い期待をもたず、一見冷めているように見えます。過去も「がっかり」、現在も「がっかり」なら、未来もまた「がっかり」だろう……。すなわち「やっぱり」の衝撃を避けようと、自分や他人に寛容になっているのです。
私立最難関の早稲田でこのレベルか…「推薦と総合型選抜」が激増した大学で行われている”無意味な講義”

最近の子は、我儘な子も多いけれど、同時に、妙に聞き訳が良いというか、素直というか、記事中の言葉を使うと、優しくて寛容なんです。
ある意味、人間出来てるなと思うことが少なくないんだけど、

それを、現実に、「がっかり」していて、ある意味で未来に絶望しているからという分析は、非常に興味深いです。

選挙で、何度Noを突き付けても、総理大臣が辞めないくらいです。
未来には、絶望しか感じられないのは、分からなくもないです。

面白い分析だなと思います。
と言うことは、自分の身は自分で守らないといけないということになります。
そのためには、しっかり勉強してくだサイ。

学びたいことと力量

こんにちは。サイちゃんです。

今日ご紹介する記事はこちら。

今、大学ではどんな教育が行われているのか。43歳で早稲田大学教育学部に入学し直した予備校講師の伊藤賀一さんは「一般選抜の割合が減ったことで、教員と学生の間で想定する前提知識のレベルにミスマッチが起きている。そのせいで無意味なグループワークが多発しているのが実情だ」という――。
私立最難関の早稲田でこのレベルか…「推薦と総合型選抜」が激増した大学で行われている”無意味な講義”

生の声から分かること。って感じです。
早稲田でこういう話なら、他の大学はどうなっているのか・・・

気になったのは、2点。

1つ目は、
多くの大学生が、学びたいことを学んでいるわけではないという話と、
総合型選抜によって、学生の力量を大学側で見極め切れていないという話。

大学入試にガチャ要素があって、学びたいことを学べていないのであれば、
それをある意味で是正できるはずの総合型選抜が、上手く機能していないという悲しい現実があるようです。

なるべくブランド力のある大学に行きたいというのはわかります。
それで、大学を選ぶのも悪くはないと感じます。
でも、本当にそれで充実した大学生活が送れるのか?と言うことは考慮したいと共に、深い学びが実現できるのかということにも、一考しておきたいところです。そして、それが人の迷惑になる可能性もあるかもしれないということも、注意しておきたいところです。

一方、この大学が良い、適性があるということを前提に選抜するはずの総合型選抜。
これが、学生の力量を大学が把握することの障害になっていると。

本来、大学とは、その両方を備えた人材を集めるべきところのはず。
それが、上手に機能していないのは、興味深いです。

東北大学が示しているように、推薦入試にも、共通テスト受験必須にしたら、少しは改善するのだろうか?
それとも、大学が今の学生のレベルに合わせるべきなのだろう?

長くなったので、気になる点2つ目は、またの機会に。

とりあえず言えることは、勉強したいことを勉強するためには、やはり、勉強しておかないといけないということです。
勉強してくだサイ。

新学期

こんにちは。サイちゃんです。

長い夏休みも終わり、新学期ですね。

1年の計は元旦にありと言いますから、2学期の計は9月1日にあるんじゃないかな?

今日という日をどう過ごせれたかに、2学期の行方がかかっているのかも?

まぁ、とは言っても、本当の意味は、最初が肝心と言うことだと思うから、今からでも十分間に合います。
この2学期をどう過ごすべきなのか、これを機会にしっかり考えてくだサイ。

おしまい

こんにちは。サイちゃんです。

夏休み、終わりました。
今年も、そんなに充実しているとは言い難かったけど、
皆は、充実した夏休みを過ごせたかな?

2学期は、色々行事もあるけど、勉強もしっかり頑張ってくだサイ。

基礎をつければ

こんにちは。サイちゃんです。

気がつけば、夏休みもあと1日。
早いなぁ・・・

この夏休み、ひたすら復習をしてもらったわけですが、
基礎力をつけておけば、その先の今やっている中学校の内容なんて、
スルりと入ってきます。
と言うか、自然とそれなりに出来るようになります。

この時期の中学校の数学の内容って、あんまり新しい事勉強しないんだよね。
だから、前学年、もっと言えば小学校の内容をしっかり復習して完璧にすれば、今やっていることは、大方できるんです。
出来ないのは、前学年までに勉強したことが抜けているからです。

復習は大事です。
忘れる前に復習してくだサイ。
エビングハウスの忘却曲線です。

コミュニティー

こんにちは。サイちゃんです。

塾長が、久しぶりに、ことばの学校に行ってきたらしいです。

挨拶に行くだけの予定だったらしいですが、誘われて、そんな長い時間ではなかったけれど、話をしてきたそうです。

塾生やPR方法などの情報交換をしてきたそうです。

なんか、こう、もっとコミュニティーを広げていきたいよねと塾長。
塾通しのつながりとか、そういうのがあれば良いかな?

もし、こういう考えにピンときた方がいらっしゃいましたら、お気軽にご連絡くだサイ。

私学の入学金問題

こんにちは。サイちゃんです。

今日ご紹介する記事は、私学の入学金問題。

実業家のひろゆき氏が、二重に払う受験生も出る私立大学の入学金について「(払えない人は)あきらめればいい」と述べた。
ひろゆき氏「あきらめればいいと思います」 私大辞退者への“入学金返還”を疑問視

ボクとしては、返さなくて良いんじゃないのかな?と思う。
もちろん、返す学校があっても良いと思う。
その辺は、経営判断として、自由に設定すれば良いと思います。

返ってこないことがわかってて収めるのだから、そこは、規制する必要はないのでは?
それを原資に学校運営するのも、別に良いと思う。
入学金を収めるのは保険なんだから、掛け捨てだと思えば、そんなものです。

掛けたお金は、必要になった人に分配されるのが保険。ホント、私学の入学金問題はそんな感じ。

ただ、以前、とある先生が言っていたのだけれど、
入学金を収める時期によって、収める金額が変わるというのはアリだと思います。
早く納めれば納めるほど、安く済む。遅くなるとその分高くなる。
例えば、大学の場合、国立大学の合格発表が出た後だと、従来の10倍とか、20倍とか納めなければいけいないとかね。

そういう制度はアリだと思うけどな。

入学金制度も含めて、多種多様なシステムから自分の状況に合った選択ができるようになれば良いのにね。

参考にしてくだサイ。

小中学校の内容くらいは・・・

こんにちは。サイちゃんです。

小中学校の内容くらいは、なんとか、概要だけでも理解しておきたいところ。
こんな勉強して、何の役に立つの?なんて、よく聞くけど、やっぱり、しっかり勉強しておかないと、追々困ることになります。

それは、本当は、分かっていると思うんだけどな。
例えば、前の学年の内容が全くわからないのに、今日の授業楽しい?
楽しくないなら、それは、困ってるということだよね?

そういうことは、中学校卒業しても起こるわけで。
資格取ろうと思っても、字が読めなかったらテキスト読めないし、
資格試験の問題文も読めないよ。

そんなことにならないように、今のうちに勉強しておいてくだサイ。

すくすくと

こんにちは。サイちゃんです。

先日植えたキュウリの種、すくすく育っています。
IMG_1424

ただ、芽が出たのは今のところ1本だけ。
他は無理なんでしょうか?

もうちょっと様子見て、そろそろ畑に植え替えないとです。

花咲くかな?実はなるかな?楽しみにしていてくだサイ。

一神教と多神教

こんにちは。サイちゃんです。

今日は、宗教について。
世界三大宗教は、仏教、キリスト教、イスラム教の3つです。
信者が多いのもありますが、世界にどれくらい布教しているかというのが目安になっているようです。
信者数の多さで決めるなら、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教となるようです。

どれも、テストに出るから、要チェックです。
他に、テストに出そうなのは、ユダヤ教。これも、チェックです。
世界三大宗教にユダヤ教、ヒンドゥー教を加えて、世界五大宗教と言ったりもするそうです。

ところで、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教は一神教です。
つまり、絶対的な神様が存在して、その神様を崇拝しています。

一方で、ヒンドゥー教は多神教。
多神教とは、たくさんの神様が存在するという考え方です。

仏教には、神様という概念がないみたいだけど、仏様が神様に近い存在なのではないかと考えられます。人は死ぬと仏様になるために、仏様は無限に増え続ける仏教もまた、多神教に近い宗教だと言えます。

日本に元々根付いていたのは神教と呼ばれるもの。
これも、色々語れば深いのだけど、万物には神が宿ると考える考え方です。
山の神、海の神etc

つまり、多神教です。

多神教の考え方を持っている人は、新しい神様が出てきても、
「そんなところにも神様がいたのね」と簡単に受け入れることができますが、
一神教の考え方を持っている人は、新しい神様が出てくると、「それは神様ではない」と全否定します。
そういう考え方なのが、一神教です。

ということは、違う神様を信じる人を否定し、攻撃してしまいます。
多様性とは、ほど遠い世界になります。

日本人は、もともと多神教の為、他を認める土壌が出来上がっているので、ピンと来ないかもしれませんが、一神教とは、そういうもののようです。

ちなみに、Wikipediaによると、モザンビークの宗教は、
キリスト教が約60%、イスラム教が約20%、無宗教が13%だそう。
見事に、一神教の国です。

日本人は、キリスト教の神様も、イスラム教の神様も受け入れますが、
モザンビーク人は、海の神も、山の神も、天照大神も受け入れません。
受け入れないどころか、全否定してきます。

日本人は、キリスト教やイスラム教のお祭りに何の抵抗もなく参加するでしょうが、
モザンビーク人は、一神教なので、日本のお祭りを否定し、攻撃してくるでしょう。

上手くやれるんですかね?

よーく考えてくだサイ。